20世紀末・日本の美術ーそれぞれの作家の視点から | www.nakamurakengo.com |

ブログやるならJUGEM
20世紀末・日本の美術


書籍化
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

1995年(平成7年)
1995年(平成7年)
※ピンク色で貼付けてある事柄は、年表に出ていないが、登壇者により取り上げたいと希望があったものです。

中村:阪神淡路大震災がありました。なんと阪神淡路大震災と同じ年に、もんじゅがナトリウム漏れ起こしてるんですね、(震災とは)関係ないけど。あとオウム事件です。

永瀬:オウム事件は、僕は現場の近くにいました。当日の8時25分に上野駅の日比谷線ホームに行こうとして、車両故障だと言われて日比谷線に入れない。JR京葉線で八丁堀のホームに着いたら日比谷線が封鎖されている。車両故障で封鎖はないだろうと思いつつ表に出たら出口わきで人がうずくまっていて、新大橋通りに多数の消防車と救急車が停まっているっていう状況で、職場に行って、仕事をしていました。

中村:さっき宮崎勤とオタクみたいな話がありましたけど、それとある意味美術も含めてオウム事件を捉えることもできるんじゃないかなと。

眞島:1995年のオウムのサリン事件以降、「ザ・ギンブラート」や「新宿少年アート」的なものって、なかなかやり難くなっていったということはありますよね。

中村:そうですね。…次行きます。奈良美智(1959-)さんがSCAI THE BATHHOUSEで個展(「深い深い水たまり」)をされます。東京では初めての個展です。あと東京都現代美術館がこの年にオープンしています。東京都現代美術館ができたときに、なんちゅうはずれた場所に作んのかと、アホかと。国際フォーラムを現代美術館にすればいいのにって思ったんですけど。

永瀬:中村さんとほぼ同じことを磯崎新さんが言っていますよね。トポロジカルに逆である、オフィス会議場が木場でいいではないか、美術館を都心に作れ、と。

中村:95年というのは色んな意味で日本の文化の転換点とも言われています。美術史的に言えば、中ザワヒデキさんが80年代を読み直そうっていうことをやってらっしゃるんですけど、僕もそれに影響されたところがちょっとあって、それで中ザワさんが言うには、奈良さんのような絵がこの時点で初めて「アート」というお墨付きを得たと。奈良さんの作品がどうこうということではないんですが、そういう絵は80年代からイラスト方面ではたくさんあったんだけれども、小山(登美夫)さんなんかが、これはアートだって言った瞬間に、アートシーンに入ってくるっていう。それでちょっと言いたいことは、1995年以前、「ザ・ギンブラート」にしても、「新宿少年アート」にしても、眞島さんの天ぷらにしても、いろいろ紹介しましたが、とにかく美術やってるやつで絵なんて描いているやつなんていなかった。

眞島:描いていたけれど、全く見えなかったわけですね。

中村:そうです。そういう意味では、僕も永瀬さんも同じなんです。たとえば当時、たとえばクラブで遊んでるときなんかに、自分と同じようなクリエイター志望の子がたくさんいるんだけど、何になりたいかって聞いたら、だいたい写真家か、あとはCDジャケットをデザインする人とか言うんですね。当時写真ブームがあって。あとMacも一般的になっていた。つまり、絵描きなんていうのはクリエイターになりたい人たちの将来の目標としてはない時代なんです。…そういえば80年代の終わりくらいから、「オブジェ」という言葉が生まれたり、「インスタレーション」っていう言葉が出てきたりとか、あと絵画、彫刻って言わずに、平面、立体とか言わなかった?

眞島:今でもそうでしょう。あ、でも絵画っていう言葉は、あの頃より使われるようになりましたね。

中村:今って絵画ってふつうに言うけど、当時けっこうマイナーな感じだったよ。気取ってペインティングとか言ったりしてたけど(笑)。奈良さんの登場で、抽象表現主義的でない絵が出てきたっていうのは一部ある。それからコマーシャルギャラリーも増えてきて、絵画っていうものが商品になるということもあった。

眞島:その頃の『美術手帖』で、突出した絵画特集ってあったんですかね?

中村:あります。持ってきました(『美術手帖』「特集:快楽絵画」、1995年7月号)。

楠見:1995年って、そういう意味ではオウム事件と阪神淡路大震災があったりして、日本が本格的な世紀末を5年早く迎えちゃったっていう、そういう年でもあるんだけど、多分そのときにアートシーンも変わったというケンゴ君の実感って、結構鋭いと思ったんですよ。

中村:なんかそれね、これ、楠見さんがいた頃の特集(『美術手帖』「特集:気になる日本のアーティスト」、1991年9月号)ってこんな感じの表紙だったのが、こんなにかわいくなっちゃってみたいな(それぞれの特集号を手に持って)。

楠見:「かわいい」っていう特集もありました。

中村:そう、「かわいい」も持ってきました(『美術手帖』「特集:かわいい」、1996年2月号)。

楠見:これ、僕が書籍編集部に飛ばされている間に、真壁佳織さんがBT史上初の女性編集長──しかも最年少で──になった時の最初の特集号で、まだカワイイ文化論なんてなかった時代に、やはり早すぎた特集だったんですよ。1995年が転換期になったというところで、5分休憩を挟んで休憩にいくというのはどうですか?

中村:ちょうど1時間くらいですね。わかりました。10分ほど休憩したいと思います。

pic

スポンサーサイト
書籍化
20世紀末・日本の美術ーそれぞれの作家の視点から
copyright: Kengo Nakamura All Rights Reserved. http://www.nakamurakengo.com/


20世紀末・日本の美術
ーそれぞれの作家の視点から
企画:中村ケンゴ
企画協力:MEGUMI OGITA GALLERY
音響機材:NORISHIROCKS
椅子提供:Civic Art
記録:小金沢智
ビデオ撮影:亀井誠治
販売協力:原花菜子
登壇者
眞島 竜男/現代美術作家
永瀬 恭一/画家
中村 ケンゴ(司会)/美術家
楠見 清(ゲスト・コメンテーター)/美術編集者・評論家
目 次
年表作成の為の参照文献
<年表作成の為の参照文献>
BRUTUS 2008年2/15号『すいすい理解る現代アート』/美術手帖 2005年7月号『日本近現代美術史』/山内崇嗣の美術史年表wikipedia『1990年代』FUKUSHI Plaza 『20世紀略年表』
links
PR
RECOMMEND