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20世紀末・日本の美術


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1998年(平成10年)
1998年(平成10年)
※ピンク色で貼付けてある事柄は、年表に出ていないが、登壇者により取り上げたいと希望があったものです。

中村:「G9 ニューダイレクション展」がスパイラルで行なわれます。G9っていうのは当時のコマーシャルギャラリーの九つが、青山のスパイラルで同時に展覧会を行うという企画で、ここでついにコマーシャルギャラリーがアートシーンの中心に名実共にきたかなと。

楠見:正確に言うとそれまでもコマーシャルギャラリーは、いわゆる老舗と言われる東京画廊であったり佐谷画廊であったりとかはあったわけだけれども、要するに新しい世代のアーティストを貸画廊でなくちゃんと商品として扱うっていうニュー・カマーたちがここに集まったという感じだったんですよね。

中村:基本的にこの状況がリーマン・ショックまでどんどん強くなっていった。このことと、奈良さん以降の絵画のマニエリスム化は対応していると思います。要するに、絵が売れるようになった。僕の同世代は誰も絵なんて描いてなかったのになあ。

楠見:貸画廊や美術館の新人アニュアルなどで自由な表現スタイルとして流行ったインスタレーションではなく、やっぱり売れるのは絵画だろうっていうのがそこで証明された。

中村:みんな絵描きはじめちゃってね…、まぁいいです。

会場:笑

中村:この年ですね、椹木野衣さんの『日本・現代・美術』が出ます。柄谷行人さんの話に戻るかもしれません。

眞島:これは要するに、この十年間のまとめってことですよね。

中村:最初に『眼の神殿』の話、それから『日本近代文学の起源』の話をしましたけれど、これで極まれりという感じでしょうか。

眞島:そこでポップが絡み、戦後批評が入って、それでひとまとまり。

永瀬:これは爆弾発言に近いことになるんだろうと思いますが、椹木野衣さんの『日本・現代・美術』っていう本は、僕はアートの本というよりは、文芸批評の本として読んだ。大江健三郎(1935-)や水村美苗(1951-)が大きな扱いで出てくる。そしてその方法論ですね。柄谷行人の方法論に近いものだなと。

眞島:これは方法論でいえば、まんま、って言っていいんじゃないですか。

中村:確かにその、リミックスのような感じもしますね。

永瀬:椹木さんの活動を見ていて思うのは、この人の資質は基本的に文芸批評家ではないか、っていう疑いを僕はいまだに持っています。つまり、美術批評家の資質に真の意味で恵まれた美術批評家ではないんじゃないかっていう気が、ちょっとしています。というのは、この人の特徴的な点なんですけれども、絵画に対する評価っていうのが非常に危うい。岡本太郎(1911-1995)のことを評価しますが、彼の岡本太郎評価っていうのは岡本太郎の文章に対する文芸批評なんですね。たとえば岡崎さんっていう人が、後に『ルネサンス 経験の条件』(筑摩書房、2001年7月)でヨーロッパ美術のことを語りながら、語り口がアメリカのフォーマリズムであるっていうのと平行していて、椹木野衣さんはアートのことを語りながら方法論が文芸批評だったっていうのは、一言、リアクションは求めないので僕の感想として言っておきます。

楠見:僕は直接の担当編集ではなかったんだけれど、比較的近い場所で『BT』連載時から面白がっていたのは、『日本・現代・美術』って、基本的にそれぞれの時代を代表する批評家の文体をある種盗むというか、正確には消化して擬態する、つまりは批評のコスプレ的な手法で対象になりきるという読み物だったんです。その意味では正確には中黒をもうひとつ足して『日本・現代・美術・批評』っていうことなんですよね。要するに美術の作品ではなくて、日本の美術批評がそれらに対して何を語ってきたかが主題であって 当時あの中黒そのものが批評として機能しているという言われ方もしていました。

永瀬:あとこれはフォローじゃないんですけれども、1970年代の美術批評家っていうのが大学の先生になってアカデミズム化してアクチュアリティをなくした。これもリアクション求めないので聞き流して欲しいのですが。

中村:いや、これ重要ですよ。村上(隆)さんのことも無視した。

永瀬:当時いわゆる美術批評家で食べているっていうのが、椹木野衣さん一人になった。どういうことが起きるかというと、批評っていうのは常に他の批評に対して批評なんですね。つまり、他に批評家がいないと批評家って非常に成り立ちにくい、あるいは成り立たないんですよ。この五年、十年っていうのは椹木野衣さんがいわゆる美術批評家として単独でいる状況になっている。これは椹木さんにとって非常に辛かっただろうなと思います。

中村:本来、椹木さんはカウンター的な存在のはずなんですよ。

永瀬:そうなんです。そのカウンターになる壁が、ほぼ村上隆も椹木野衣も無視して、大学でお給料をもらいながら自分の枠組みだけで仕事をしている。唯一多分藤枝晃雄(1936-)さんっていう人が、若干なりともボールを投げていたかなと思うんですが、ほとんど明後日の方向に投げていて、しかもあの人は致命的なことに文章が書けないというか、文体が非常に特殊といいますか。椹木さんは文章が書ける人なんですが、藤枝さんの文章って僕いまだに読めないんですよ。

中村:文芸批評なんじゃないかって話が出ましたけれど、そもそも現代の日本美術の通史っていうものが書かれたことがあるのかっていう問題があると思うんです。今日中ザワヒデキさんいらっしゃっていますけれど、中ザワさんによると、通史を書いた人っていうのは三人いて、針生一郎(1925-2010/e.g.『戦後美術盛衰史』東京書籍、1979年)さん、千葉成夫(1946-/e.g.『現代美術逸脱史:1945-1985』晶文社、1986年)さん、そして椹木野衣さんなんだけれど、全員文芸批評っぽすぎるんじゃないかと。で、私が唯一インデックスとしての歴史を書いていますと彼は言ってます。

永瀬:これは日本の美術批評の伝統的な問題なんですけれども、徹底的に文芸批評に延々従属している。1970年代の美術批評家っていうのは原則的に花田清輝(1909-1974)に従属している。1980年代以降の椹木野衣さんは柄谷行人に従属している。それ以降の美術批評家が誰かっていうのはわからないのですが、やっぱり東浩紀(1971-)さんの影響力っていうのは大きいんだろうと思います。

中村:おっと、この年に東浩紀さんの『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』(新潮社)が刊行されています。

永瀬:東浩紀さん、今は小説家っていう肩書きになっているかもしれないですけれど、僕は江藤淳(1932-1999)とか吉本隆明(1924-2012)とかそれから柄谷行人の正嫡の文芸批評家っていうかたちで出てきたと思うんですね。たとえば黒瀬陽平(1983-)さんへの影響力の…。

中村:そうですね、東さんの話をしたら黒瀬さんの話もでるかもしれないですね。


    岡崎乾二郎

    1955年生まれ。造形作家。仕事のレベルが高すぎて一般性が得られにくいのは、消費過程への作家本人の抵抗の現れだろう。流通した者勝ちというゲームをしている美術業界にあって反時代的存在。自ら率いる四谷アート・ステュディウムは着々とユニークな作家を輩出しつつある。美術学校としては既に歴史的重要性を持ちつつあるが、岡崎自身を含め当人達の批評水準が頭抜けているので周囲が誰も彼等をクリティカルに位置づけられない。<永瀬>


    藤枝晃雄

    1936年生まれ。美術批評家。否定的に言及しているが、70年代にフォーマリズム批評を実践した重要な批評家である。79年には今でも重要度を失わない『ジャクソン・ポロック』を刊行。95年の「モダニズムのハード・コア」ではグリーンバーグを上田高弘らと共に訳出している。これを元に2005年には「グリーンバーグ批評選集」を出した。90年代に椹木野衣に対し(「悪口」だったとはいえ)反応していたことは記憶に残る。<永瀬>

     

    花田清輝

    1909年生まれ、1974年没。文芸評論家。岡本太郎と強い関係にあり、高く評価した。こと美術に関して言えば明らかに作品を見ることが出来ない批評家であり、以後、美術批評に大きな影響を与え続ける「美術がわからない文芸評論家」の典型となったのではないか。その点、今でも読むに耐える「近代絵画」を書くことのできた小林秀雄は実に偉かったのだと声を大にしていいたい。<永瀬>

     

    東浩紀

    1971年生まれ。批評空間に連載していたデリダ論を大幅に改稿した「存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて」を1998年に刊行。同書は今に至る迄デリダ論の嚆矢。以後、アニメや美少女ゲームといったオタクカルチャー、社会学、果ては育児まで幅広い領域から発言と著作を繰り出している。筆者は以前、東を吉本隆明の失敗したポップ論のリベンジを行った存在として見た『言語の爆発的失敗』を書いたことがある。また詩人の佐藤雄一による「QF小論」(『ユリイカ』 2010年5月号)は東と吉本の関係を精緻に書き出している。<永瀬>




日本・現代・美術
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存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて
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20世紀末・日本の美術
ーそれぞれの作家の視点から
企画:中村ケンゴ
企画協力:MEGUMI OGITA GALLERY
音響機材:NORISHIROCKS
椅子提供:Civic Art
記録:小金沢智
ビデオ撮影:亀井誠治
販売協力:原花菜子
登壇者
眞島 竜男/現代美術作家
永瀬 恭一/画家
中村 ケンゴ(司会)/美術家
楠見 清(ゲスト・コメンテーター)/美術編集者・評論家
目 次
年表作成の為の参照文献
<年表作成の為の参照文献>
BRUTUS 2008年2/15号『すいすい理解る現代アート』/美術手帖 2005年7月号『日本近現代美術史』/山内崇嗣の美術史年表wikipedia『1990年代』FUKUSHI Plaza 『20世紀略年表』
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